「嫐」という漢字を語る上で欠かせない歴史的事象が、平安時代末期から江戸時代初期にかけて日本社会で公然と行われていた風俗「嫐打ち(うわなりうち)」です。
「うわなり(嫐・後妻)」とは、前妻(こなみ・先妻)に対して後から嫁いできた女性を指す古語です。当時、一方的に離縁されたり夫を奪われたりした先妻は、離婚後一ヶ月から数ヶ月の間に、女友達や親族の女性たち数十人を集めて武器を持たせ、後妻の屋敷へ乱入して家財道具を叩き壊すという復讐儀礼が認められていました。これが「嫐打ち」です。
『吾妻鏡』文治2年(1186年)の条や、室町時代の諸記録にもこの記述が散見されます。驚くべきことに、この嫐打ちは無法な暴動ではなく、事前に襲撃日時を通告し、夫や後妻側も防戦の準備を整えた上で、怪我人を一定以上出さないルールのもとで行われる「様式化された名誉回復の儀式」でした。法制史家らの研究によると、夫の勝手な都合で捨てられた先妻の無念を晴らし、村落社会における社会的バランスを回復するための民俗的知恵であったと分析されています。このように、「嫐」という漢字には日本の歴史に深く根ざした女性たちの愛憎と権利主張の記録が刻み込まれているのです。