江口のりこの骨太な演技論を語る上で欠かせないのが、劇団時代と名匠たちとの出会いです。
兵庫県から上京後、わずかな所持金で東京での生活を始めた彼女は、柄本明が主宰する名門「劇団東京乾電池」のオーディションを受けて研究生となりました。厳しい稽古とアルバイトに明け暮れる日々の中で、役者としての基礎体力と独特の間合いを徹底的に叩き込まれます。
映像の世界へ足を踏み入れた江口の才能をいち早く見抜いたのが、日本映画界の異才・瀬々敬久監督でした。瀬々監督の現場をはじめとする数々のインディーズ作品やピンク映画の現場へ積極的に飛び込み、どんなに過酷な撮影環境や難しい要求であっても、不平ひとつ言わずに演じ切るタフネスを発揮していきます。
「役をもらえるならどんな現場でも行く」「脱ぐことも役柄に必要な要素であれば特別なことではない」という潔い職人気質は、この時期の現場で培われました。