倫理的ジレンマとは、「守るべき2つ以上の倫理原則が真っ向から対立し、いずれかを選択すると他方を侵害してしまう状況」を指します。現場の看護師が日々直面する典型的な3つのケースから、その構造を掘り下げます。
事例1:点滴自己抜去リスクと身体拘束(善行・無危害 vs 自律尊重)
術後せん妄を発症した高齢患者が、生命維持に必要な中心静脈カテーテルを頻繁に抜去しようとする場面です。抜去による出血や再穿刺の苦痛を防ぐ行為は「善行」「無危害」に該当しますが、ミトン着用や体幹抑制を行うことは患者の「自律尊重」および身体的自由を著しく制限します。「患者の安全を守りたいが、拘束することで人間の尊厳を奪っているのではないか」という看護師の苦悩は、病棟で最も頻発するジレンマの典型です。
事例2:がんの病名・余命告知における家族と本人の乖離(インフォームドコンセントの看護課題)
進行がんの患者本人には「真実を知って今後の生き方を決めたい」という意向があるにもかかわらず、家族から「本人にはショックが大きすぎるため絶対に告知しないでほしい」と強く懇願されるケースです。患者の知る権利(自律尊重)を保障すべき立場と、家族の心情や精神的ショックから患者を守ろうとする配慮(善行・無危害)の狭間で、看護師は医師と家族の間を取り持つ重い板挟みになります。
事例3:終末期における積極的治療の継続と看取りの選択(善行の再定義)
多臓器不全に陥った超高齢患者に対し、家族が「1分1秒でも長く生きてほしい」と心肺蘇生や昇圧剤の最大投与を希望する一方、過度な延命処置が患者本人に過剰な苦痛を与えているケースです。生命維持という「医学的善行」と、苦痛を最小限にして穏やかな最期を迎えるという「QOL上の善行・無危害」の基準が衝突します。