半天狗が数ある上弦の鬼の中でも異彩を放っている最大の理由は、「強者の圧倒的な暴力」と「弱者としての歪んだ自己認識」が奇妙に同居している点にあります。
一般的な上弦の鬼が己の力に絶対の矜持を持つのに対し、半天狗は常に「わしは弱い」「誰もわしを憐れんでくれない」と涙を流し、自身を迫害される側の被害者だと信じ込んでいます。しかし、その実態は頸を斬られる危機に直面すると、怒りや快楽を司る攻撃特化の分身を生み出して相手を一方的に蹂躙する、極めて欺瞞に満ちた戦闘スタイルです。
さらに読者を戦慄させたのが、走馬灯で明かされた人間時代の凄惨な実態でした。彼は盲目を装って窃盗を繰り返し、それを咎めた妻子を平然と惨殺。「悪いのはわしではない、この手が勝手にやったのだ」と責任転嫁を重ねて処刑寸前まで他者を呪い続けました。自身が振るう残虐な暴力はすべて不可抗力とし、他者から受ける正当な報復だけを「悪意ある迫害」と捉える認知の歪みこそが、半天狗という怪物の本質です。