続いて名古屋(愛知県)にまつわる由来には、尾張徳川家の成立と城下町形成にまつわる諸説が存在します。代表的なのが「徳川家康が名古屋城を築く際、他藩からの警戒を解くため、あるいは政略結婚において美女を江戸や他国へ送り出し、尾張には器量にこだわらず実直な女性を集めた」という説です。
また、商人の町として発展した名古屋では、外見の華やかさよりも「倹約家で働き者」「家をしっかり守る堅実さ」が重宝された歴史があります。派手さを戒め実利を重んじる気風が、他地域の人間から「色気に乏しい」と曲解され、心ないレッテル貼りに繋がった側面は否定できません。
昭和後期から平成にかけては「名古屋嬢」と呼ばれる華やかな巻き髪や高級ブランドファッションが全国的なブームを巻き起こし、美意識の高さと独自のコスメ文化を発信し続けました。歴史的な偏見とは裏腹に、自己プロデュースに長けた洗練された女性が多い街として知られています。