話は19世紀末、中国・広東省の小さな沿岸の村にさかのぼる。数ある中華料理の体系の中でも、素材の持ち味を極限まで引き出すことで知られる広東料理。その地で小さな茶館を営んでいた李錦裳(リ・キンショウ)という人物が、すべての始まりだった。
ある日、彼は鍋にかけていた牡蠣のスープをうっかり火にかけたまま放置してしまう。焦げ付いた臭いに気づいて慌てて鍋ぶたをとると、そこにあったのは透き通ったスープではなく、黒くドロリとした濃厚な液体だった。捨てる前に恐る恐る口へ運んだ彼を待っていたのは、未体験の濃密な旨味と芳醇な香りだったという。
この偶然の失敗こそが、今日のグローバルな食品・調味料産業を牽引する巨大ブランド「李錦記」の創業のきっかけとなった。100年以上の時を経た今も、その基本的な製法の原理は変わっていない。牡蠣のエキスを極限まで煮詰める——シンプルだからこそ、素材と火加減がすべてを左右する。