事件直後に警視庁が作成した広範な供述調書や未公開の取り調べ手記には、狂気の一言では片付けられない生々しい感情の交錯が記録されている。逮捕された定は、取り調べに対して驚くほど冷静かつ率直に自らの行動を語った。
「彼を誰にも渡したくなかった」。定が口にしたこの単純で過激な独占欲こそが、凶行の引き金であった。凶行の直後に彼女が取った行動——吉蔵の血で布団や自らの衣服に文字を書き残した行為——は、自らの愛を不滅のものとして刻印しようとする倒錯した儀式だったとも読み解ける。昭和史の闇に埋もれていた筆記資料は、彼女の精神状態が単なる精神病理的異常ではなく、極限状態における痛切な心理的欲求に基づいていた可能性を示している。