多くの人が「蚊取り線香は煙そのものが蚊を苦しめて殺している」と誤解しがちだ。しかし、目に見える煙は燃焼によって生じた微粒子の担体(キャリア)に過ぎない。真の主役は、微量の熱によって空中に揮発していく化学物質である。
線香の先端から数ミリ手前の「約600〜800度」に達する熱分解ゾーンから、有効成分であるピレスロイド系の化合物が安定して空間へと放散される。この成分が空中を漂い、蚊の呼吸器系である気門から体内へと直接侵入するのだ。
蚊の体内に届いた有効成分は、神経細胞の膜上に存在するナトリウムチャネルに結合し、神経伝達の異常興奮を引き起こす。これにより、蚊は麻痺状態に陥って即座に落下する。いわゆる「ノックダウン効果」と呼ばれる現象だ。さらに高濃度になれば致死作用へと至る。刺激臭や可視光の煙ではなく、目に見えない気化成分こそが、害虫の神経系を正確に遮断する技術の正体である。