欧米人が日本の馬刺しを見て驚愕するもう一つの大きな要因は、「なぜ生肉を食べて食中毒で倒れないのか」という衛生面への不信感です。肉の生食=サルモネラ菌や大腸菌による命に関わるリスク、という認識が常識である国の人々にとって、居酒屋で気軽に生肉が提供されている光景は信じがたいミステリーに映ります。
日本において牛レバ刺しなどが食品衛生法で禁止される中、なぜ馬刺しだけが現在も合法的に生のまま提供され続けているのか。そこには生物学的な特性と、極めて厳格な衛生管理体制という二重の防壁が存在します。
まず生物学的な理由として、牛や羊といった反芻(はんすう)動物が複数の胃を持ち、腸内に病原性大腸菌(O-157など)を保菌しやすいのに対し、馬は奇蹄類の単胃動物です。体内で大腸菌が増殖しにくい消化器構造を持っています。さらに、馬の平熱は約38〜40度と他の家畜よりも高く、雑菌が繁殖しにくい生体条件を備えています。
加えて決定的なのが、厚生労働省が定める厳正な安全基準です。馬肉特有のリスクである寄生虫(サルコシスチス・フェアリー)による一過性の嘔気や下痢を防ぐため、生食用馬肉は中心温度マイナス20度で48時間以上(またはマイナス35度で15時間以上)の冷凍処理が法的に義務付けられています。この急速冷凍処理を経ることで病原性は完全に失活し、かつ解凍時のドリップを最小限に抑える高度な冷凍解凍技術が確立されているからこそ、世界最高水準の安全な生食が実現しています。