パリジェンヌ事件の衝撃は、治安維持当局を本気で動かしました。「歌舞伎町を犯罪者の天国にしてはならない」という世論の強い後押しを受け、当時の石原慎太郎東京都知事と警視庁は、2003年より未曾有の規模となる「歌舞伎町浄化作戦」を断行します。
警視庁は機動隊や捜査員を連日投入し、風林会館を中心とするエリアに数百台規模の街頭防犯カメラを設置。不法滞在外国人の一斉摘発、風俗店・無許可飲食店の徹底的な立ち入り検査、ヤクザの主要なシノギであった闇スロットや裏カジノの壊滅作戦を展開しました。24時間体制のパトロール網が敷かれたことで、街の隅々まで警察の視線が行き届くようになり、白昼から堂々と組員が闊歩する光景は急速に衰退していきました。
さらに決定打となったのが、2011年10月に全国で完全施行された「暴力団排除条例」です。事業者に対して暴力団への利益供与が全面的に禁止されたことで、ビルのオーナーやテナントは組員への事務所賃貸やみかじめ料の支払いが法的に不可能となりました。これに違反すれば企業名が公表され、社会的な制裁を受けるため、不動産関係者も一斉にアンダーグラウンド勢力との関係を遮断せざるを得なくなったのです。
この時代のうねりの中で、象徴的存在だった喫茶「パリジェンヌ」も役割を終え、2014年までに静かに歴史の幕を下ろしました。かつて硝煙の匂いが立ち込めたその場所には大手コンビニエンスストアチェーンが出店し、歌舞伎町の「脱ヤクザ化」を象徴する風景へと変貌を遂げました。