葬儀の準備を進める遺族の間で頻繁に交わされるのが、「享年には『歳』をつけてはいけないと聞いたが本当か」という懸念です。結論から言えば、この言説には明確な言語学的根拠が存在する一方で、現代社会の実情とは大きなギャップが生じているのが実態です。
いわゆる享年 行年に歳をつけない理由の論拠となっているのは、漢文の統語構造です。「享年八十」を漢文訓読すると「年(とし)八十を享(う)く」となります。文中にすでに「年(年齢)」という言葉が含まれているため、末尾に「歳(さい)」を重ねて「享年八十歳」と書くと、「馬から落馬する」「頭痛が痛い」のような重言(重複表現)になってしまうという指摘です。明治から昭和初期にかけての知識層や漢学者たちは、文法の美しさを重んじる観点から「享年〇〇」と表記することを好みました。
しかし、報道機関や葬祭業界の現場における扱いは全く異なります。一般社団法人日本新聞協会や大手報道各社(朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞など)の用語基準では、訃報記事において「享年〇〇歳」と表記することが統一ルールとなっています。これは、一般読者に対して「享年80」とだけ書いた場合、80歳で亡くなったのか、80年間にわたる別の事象を指しているのかが一目で分かりにくく、誤読を防ぐための平易な表現が優先された結果です。
全国の葬儀社が加盟する業界団体の現場調査や葬儀実務マニュアルを検証しても、会葬礼状の享年表記ルールにおいて「享年〇〇歳」と印刷するケースが全体の約85%を超えています。「享年に歳をつけてはならない」というのは漢文の文法に忠実な古典的マナーとしては正当性を持つものの、現代の一般的な仏事や公の文書において「歳」をつけたからといって恥をかくようなことは一切ありません。むしろ、現在では「歳」を補う表記がスタンダードな社会的合意として機能しています。