日本生命と日本橋の結びつきは極めて古く、近代日本の金融・商業史そのものと言っても過言ではありません。この地の原点を辿ると、1933年に完成した「日本生命館」(現在の日本橋高島屋S.C.本館)に行き着きます。建築家・高橋貞太郎が設計し、後に村野藤吾が増築を手掛けた重厚な建造物は、現在も国の重要文化財としてその姿を留めています。
その後、都市機能の高度化に対応するため、日本生命は日本橋二丁目街区の再構築に着手しました。かつての旧日本生命日本橋ビルの建て替えにあたっては、単なる自社ビルの更新にとどまらず、中央区が推進する「日本橋二丁目再開発計画」の先導的役割を果たすことが求められました。2009年に竣工した地上26階・地下3階の超高層ビルは、高島屋本館の景観に配慮しつつ、街区全体の歩行者ネットワークを刷新する契機となったのです。
関係者の証言や当時の都市計画資料を紐解くと、この建て替えは「中央通り沿いの歴史的景観の保全」と「災害に強いインテリジェント都市機能の獲得」という、一見相反する二律背反の課題を解決するための緻密な戦略だったことが分かります。地下駅直結通路の整備や帰宅困難者支援機能の付加など、現在の防災拠点としての基盤はこの建て替えによって築かれました。