平安時代に入ると、橘の香りに関わる感性はより洗練された文学的表現へと昇華する。古代日本文学の代表作である『枕草子』において、清少納言は「木の花は」の章で橘を格別に高く評価した。「橘は花散る里の香り」として、昔馴染みの人や過ぎ去った華やかな日々を思い出させる象徴として詠み込んでいる。
平安貴族にとって、五月の風に乗って漂う橘の香気は、遠い日の恋や懐かしい人々を呼び起こすトリガーだった。『古今和歌集』の「五月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」という名詠は、今日に至るまで日本人の美意識の底流に流れている。大河ドラマ『光る君へ』でも平安貴族の優美な生活美学が瑞々しく描写され、現在NHKオンデマンド等で同作を視聴するファンの間でも、劇中に漂う和の香りや植物への関心が再燃している。