当時、なぜ15頭もの樺太犬を置き去りにしなければならなかったのか。その背景には、南極観測船「宗谷」を襲った未曾有の自然の猛威と、隊員の生命を守るための苦渋の決断がありました。
第1次越冬隊の任務完了に伴い、第2次越冬隊を乗せた「宗谷」は昭和基地を目指しましたが、基地周辺は記録的な厚氷と猛烈なブリザードに閉ざされていました。「宗谷」自身が氷海に閉じ込められ航行不能(スクリュー損傷・船体圧壊の危機)に陥る中、アメリカの砕氷船「バートン・アイランド」の救援を受けて辛うじて脱出を試みるという極限状況でした。
計画では、小型飛行機で第1次隊員をピストン輸送した直後、第2次隊員を基地へ送り込み犬たちを引き継ぐ手はずでした。そのため、犬たちは基地の周囲で暴れて迷子にならないよう、首輪と鎖で厳重に係留された状態のまま給餌されていました。しかし、天候は急速に悪化し、飛行機の運航は完全に不可能な状態へ追い込まれます。
第2次越冬計画は無念の中止が決定され、犬たちの救出に向かう術は完全に断たれました。隊員たちは断腸の思いで南極を後にしましたが、日本国内では「なぜ犬たちを連れ帰らなかったのか」「安楽死させるべきではなかったか」という激しい非難が巻き起こり、観測隊関係者は深い自責の念に苛まれることとなりました。