堂内へ一歩足を踏み入れると、昼間でも薄暗い空間に立ち込める煙と芳醇な木香に視界を奪われます。中央の炉で静かに揺らめく焔(ほのお)こそ、宮島の弥山において語り継がれる不滅の霊火です。
この火の起源は、平安初期の大同元(806)年に遡ります。唐より帰国した弘法大師・空海が、求聞持法(ぐもんじほう=超人的な記憶力を得る過酷な密教秘法)を修める霊場を求めて宮島へ渡り、弥山を開山。その100日間に及ぶ難行苦行の際に焚かれた護摩の火が、今日まで伝わる「消えずの火」の始まりとされています。
「自然災害や動乱のなかで、本当に一度も消えなかったのか」という疑問を抱く参拝者は少なくありません。大聖院に伝わる記録や現地関係者の証言によると、この火は単なる自然現象の産物ではなく、12世紀以上に及ぶ僧侶たちの献身的な火守りによって守護されてきました。夜間も交代で薪をくべ、仮に火勢が弱まっても熾火(おきび)の深層で灰の熱を維持し続ける緻密な伝承技術が確立されています。さらに万が一の事態に備え、種火は大聖院の本坊など複数の隔離された場所にも分火・厳重管理されており、物理的・儀式的な二重三重の保全態勢が敷かれているのです。
この不屈の生命力を宿す焔は、昭和39(1964)年に建設された広島平和記念公園の「平和の灯」の元火としても採火されました。「核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続ける」という恒久平和の誓約の種火に、空海が灯した不滅の火が選ばれた歴史的必然性は、霊火堂の持つ普遍的な祈りの力を何よりも物語っています。