華麗な経歴の持ち主に見える岸谷蘭丸さんですが、その生い立ちは決して順風満帆ではありませんでした。生後まもなくの3歳という幼少期に難病である「小児リウマチ(若年性特発性関節炎)」を発症。関節の激痛によって歩行すら困難な時期があり、幼稚園時代は全体の3分の1程度しか登園できず、過酷な入退院生活を余儀なくされました。
母・岸谷香さんは仕事の合間を縫って病院へ通い詰め、献身的な看病を続けました。10歳を迎えた頃、新薬の治験に参加する機会を得たことで症状は劇的に寛解へと向かいますが、幼少期に味わった身体的不自由と「普通に生きられないかもしれない」という恐怖は、彼の精神的な原点となっています。
病を克服した彼は、過酷なお受験を突破して名門・早稲田実業学校中等部へと進学します。誰もが羨むエリートコースに乗ったかに見えましたが、思春期を迎えた彼は学校の校風や周囲の空気に馴染めず、次第に足が遠のき完全な不登校状態に陥りました。「名門校のレール」から外れる挫折に直面した家族は苦悩しましたが、ここで下した決断がアメリカの高校への単身留学でした。言葉も通じない異国の地に飛び込むことで、彼は「有名人の息子」というレッテルや日本の同調圧力から完全に解放され、自己の主体性を取り戻していったのです。