2009年5月2日午前0時51分、忌野清志郎(本名・栗原清志)さんは東京都内の病院で静かに息を引き取りました。所属事務所からの公式発表による直接の死因は癌性リンパ管症、享年58でした。ゴールデンウィークの列島を襲った訃報のテロップは、深夜から早朝にかけて瞬く間に拡散し、多くの人々に現実を受け止めきれないほどの茫然自失をもたらしました。
闘病の発端は2006年7月に遡ります。喉の異変を感じて受診した精密検査で喉頭癌と診断され、公式ウェブサイト上で活動休止と治療専念が発表されました。当時、医療陣から提示された標準的な選択肢には「喉頭の全摘出手術」が含まれていました。しかし、喉頭を摘出することは、歌手としての命である「地声」を永久に失うことを意味します。
報道関係者や当時のスタッフの手記によると、清志郎さんは「歌えない人生など考えられない」と強く主張し、声を残すための非手術的アプローチ(放射線治療および抗がん剤治療、さらには玄米菜食などの補完療法)を選択しました。およそ1年半にわたる過酷な初期治療を乗り越え、病状は一時的に寛解へと向かったかのように見えました。
しかし、癌の病勢は水面下で進行していました。2008年のステージ復帰後に左腸骨への転移が判明し、激しい痛みを伴う闘病生活へ再び突入することになります。最期を看取った医師団の報告によれば、肺へと転移した癌細胞がリンパ管を塞ぐ「癌性リンパ管症」を発症し、呼吸困難に陥りながらも、苦痛の表情を見せることなく穏やかに旅立ったとされています。