結婚から4年後の1979年3月には待望の長男が誕生し、世田谷区内に建てられた豪邸で絵に描いたような幸せな家庭を築いているかに見えました。しかし、華やかなロックスターとしてますます神格化されていくジュリーと、育児と家事に専念する元大スターのエミとの間には、次第に目に見えない生活のリズムや価値観のズレが生じ始めます。
決定的な転機となったのは、1982年に公開された映画『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』での共演でした。マドンナ役を務めた実力派若手女優・田中裕子とジュリーは急速に距離を縮めます。演技を通じて魂が共鳴し合った二人の関係は、撮影終了後も途絶えることはありませんでした。
当時の週刊誌報道やワイドショーの追跡取材に対し、ジュリーは不倫の事実を曖昧に否定することなく、むしろ正面から向き合う姿勢を見せました。自宅を出て別居生活を始めたジュリーは、公の場でも「彼女が好きです」と堂々と口にし、世間に大きな衝撃を与えました。一方で、幼い息子を抱えたエミは離婚に応じることなく、夫の帰りを信じて耐え忍ぶ日々が続きました。
しかし、一度狂った歯車が元に戻ることはありませんでした。約4年半に及ぶ別居生活と泥沼の協議の末、1987年1月に正式な離婚が成立。ジュリーは単独で記者会見を開き、疲弊した表情を浮かべながらも、破局の全責任が自身にあることを認め、頭を下げました。この一連の騒動は、当時メディアから「世紀の略奪婚」と激しくバッシングされることになります。