本作を単なる「反戦平和アニメ」として鑑賞すると、清太の不可解な行動様式は解決しない謎として残ります。しかし、生前の高畑勲監督が著書『映画を作りながら考えたこと』や各種インタビューで繰り返し語っていた火垂るの墓における高畑勲の意図に触れると、視界は一変します。
高畑監督は、本作が反戦映画として消費されることを明確に拒絶し、次のように語っていました。
「清太の姿は、現代の若者そのものです。わずらわしい人間関係を嫌い、閉鎖的な空間に引きこもって、自分の好きなものだけで周囲を固めようとする。清太が防空壕で節子と作った世界は、まさに現代の若者が好むマイホーム主義であり、シェルターなのです」
清太が叔母の家を飛び出した本質的な動機は、暴力的な虐待から逃れるためではありませんでした。叔母から突きつけられる「社会規範への服従」や「他者との折り合い」という人間関係の摩擦に耐えかね、自分の居心地の良さを優先して共同体を離脱したのです。防空壕の中で蛍を灯し、節子とおままごとを繰り返す生活は、他者から干渉されない究極のモラトリアム空間でした。
清太が勤労動員に行かなかったのも、単なる怠惰ではありません。彼は軍人の息子としてのエリート意識に囚われ、敗色濃厚な現実から目を背け、「父の艦隊が勝って迎えに来てくれる」というファンタジーにすがりついていました。現実の社会と交渉することを放棄し、閉ざされた殻に閉じこもった結果、守るべき妹の命さえも失っていく。高畑監督が描こうとしたのは、戦争の悲惨さ以上に、「社会との連帯を拒絶した人間がたどる必然の破滅」という痛烈な寓話だったのです。