松尾芭蕉が門人・河合曾良を伴って江戸・深川を旅立ったのは元禄2年(1689年)春のことでした。東北・北陸の名所旧跡を巡り歩いた果てしない旅の筆を置いた場所こそが、美濃国大垣(現在の岐阜県大垣市)です。
芭蕉が大垣を結びの地に選んだ最大の理由は、親交の深かった門人・谷木因(たにぼくいん)をはじめとする多くの俳友が大垣に拠点を構えていたことにあります。数々の試練を乗り越えた芭蕉にとって、温かく迎え入れてくれる信頼できる仲間たちの存在は、心身を休める何よりの拠り所でした。
大垣に到着した芭蕉は、名残を惜しみつつも次なる目的地である伊勢神宮の式年遷宮を目指し、水門川から桑名へと小舟で旅立ちます。その出立の際に詠まれた「蛤の ふたみにわかれ 行く秋ぞ」という名句は、旅の終わりと別れの切なさを象徴する句として今も語り継がれています。