近代の枠組みが定着した後も、自治体のアイデンティティを巡る火花は消えていない。総務省の自治行政アーカイブや国土地理院が保管する近代地形図の変遷を紐解くと、昭和・平成の時代にも「県庁所在地名と県名の統一」を模索した幻の計画が幾度か浮上していたことがわかる。
例えば栃木県では、県庁が置かれる宇都宮市と県名のねじれを解消すべく、宇都宮県への改称論争が幾度となく郷土史家や地元財界の間で議論された歴史がある。石川県でも金沢への改名陳情がくすぶり続けた。だが、改名に伴う公的書類の刷新費用、道路標識の架け替え、国際的認知度のリセットなど、試算される経済的損失は天文学的数字に達する。平成の大合併を経て市町村名が劇的に整理された現代においても、47都道府県の境界と呼称だけが不可侵の聖域として残り続けたのは、名前に込められた莫大なブランド資産と行政コストの天秤による結果なのだ。