昔の携帯の名前を総まとめ!平成を彩ったガラケー名機と進化の全歴史

昔の携帯の名前を総まとめ!平成を彩ったガラケー名機と進化の全歴史

昔の携帯の名前を総まとめ!平成を彩ったガラケー名機と進化の全歴史の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

平成の携帯電話市場は、規格の統廃合やブランドの再編が激しく繰り返された動乱の歴史でもあります。各キャリアが独自の思想を掲げて技術を競い合った背景を、代表的な端末群とともに振り返ります。

1. NTTドコモ:iモードの覇権と「FOMA」が切り拓いた高速通信

1999年にスタートした「iモード」によって、携帯電話を「電話機」から「情報端末」へと進化させたのがNTTドコモです。松下通信工業(現パナソニック)の「P」シリーズとNECの「N」シリーズが二強として君臨しました。

N502i(2000年)は大型液晶と優れた日本語入力システムで大ヒットを記録し、折りたたみ携帯のデファクトスタンダードを確立。パナソニックのP503i(2001年)は超薄型ストレート型でiアプリのゲームファンから絶大な支持を集めました。その後、世界初の3G商用サービスとして開始された「FOMA」初期の難渋を経て、名機N900iやスライド式で人気を博したD902i、ヨコモーションという独創的な開閉構造を備えたF903i・F906iへと結実していきました。

2. au(KDDI):cdmaOneの音質優位とデザインケータイの金字塔

DDIセルラーとIDOが統合して誕生したauは、パケット通信料定額制「EZフラット」を業界に先駆けて導入し、若年層のハートを掴みました。とりわけデザインと音楽機能に注力し、鳥取三洋電機やカシオ計算機、日立製作所などが個性あふれる端末を供給しました。

カシオのタフネスケータイ「G'zOne」シリーズはアウトドア層や過酷な現場で働く人々から熱烈に支持され、2003年に登場したINFOBARはデザインケータイの代名詞となりました。さらにソニー・エリクソン製のウォークマンケータイ「W52S」など、エンタメ特化型の端末群が若者のカバンの中を席巻しました。

3. J-PHONE 〜 ボーダフォン:カメラ機能の先駆者と「写メール」の衝撃

写メールの大ヒットにより、都市部の若者を中心に驚異的なシェア拡大を見せたのがJ-PHONEです。シャープとの強力なタッグにより、業界初のモバイルカメラ内蔵機J-SH04(2000年)を皮切りに、初のパノラマ液晶やCCDカメラを搭載したJ-SH53など、カメラ性能の進化で他社を一歩リードし続けました。

英ボーダフォンによる買収後は、欧州基準の端末仕様が国内ユーザーの使い勝手と乖離して一時的な苦戦を強いられたものの、VGA液晶をいち早く積んだV601SHやアナログテレビチューナー内蔵のV601Nなど、AV機能を尖らせた名機が数多く誕生しました。

4. ツーカー(TU-KA)とPHS(ピッチ):独自のニッチを切り拓いた勇者たち

大手3大勢力の陰で、独自の存在感を放っていたのがツーカーグループとPHS(パーソナルハンディホンシステム)です。ツーカーは、あえて最新機能を削ぎ落とし、通話と最低限の文字通信に特化した「ツーカーS」(TK51)を投入。画面すら持たず、数字ボタンとスライドスイッチだけで構成された潔いシニア向け端末は、業界に大きな衝撃を与えました。

また、1990年代中盤から2000年代初頭にかけて中高生や大学生の生活を支えたPHSでは、DDIポケット(後のウィルコム)やアステル、NTTパーソナルが激突。京セラ製の「ディット(Diddle)」や、端末同士でアンテナを直接合わせて通信する「PメールDX」対応機、さらにPCカード一体型端末や「Feel H"(フィールエッジ)」といった名機群が、定額制データ通信の黎明期を支えました。

加藤 愛美
著者

加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。