おばあちゃん子の愛情不足とは?愛されていたはずの私が抱える孤独

おばあちゃん子の愛情不足とは?愛されていたはずの私が抱える孤独

おばあちゃん子の愛情不足とは?愛されていたはずの私が抱える孤独とはどのようなものなのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

家族という密室で生じる愛着の歪みは、これまでも優れた映像作品によって鋭く照射されてきた。是枝裕和監督の映画『誰も知らない』が描いたのは、母親に置き去りにされた子どもたちの過酷な日常と、社会から不可視化された孤独だった。また、直木賞作家・角田光代の原作を映画化した映画『八日目の蝉』では、母性を奪われた女性と他人の子との逃亡劇を通じて、「血縁を超えた愛情の濃密さ」と「その関係性がはらむ残酷な綻び」が生々しく描かれた。

近年、NetflixやNHKオンデマンドで配信されている発達心理学ドキュメンタリーや過去の名作ドラマを見返す視聴者が増えているのも、自らのルーツや幼少期の記憶を再確認したいという欲求の表れだろう。映像の中で親の愛を希求しながら健気に笑う子どもの姿に、自分自身の過去を重ね合わせて涙を流す大人は多い。フィクションやドキュメンタリーが映し出す家族の陰影は、私たちに「愛されていた記憶」の裏に隠された個人的な喪失を直視するきっかけを与えている。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。