江ノ島を訪れた者が必ず目撃するのが、参道の中腹で折り返す長蛇の列である。特に「あさひ本店 丸焼きたこせんべい」の前にできる待機列は、平日でも30分、休日には1時間を超えることも珍しくない。なぜ観光客は、たった1枚のせんべいのためにこれほどの時間を費やすのか。
その背景には、人間の行動心理学における「バンドワゴン効果(他者の選択に同調する心理)」と「五感の刺激」が緻密に組み合わさった仕掛けが存在する。店頭では、新鮮なタコ2〜3匹に粉をまぶし、約1トンの圧力をかける特製プレス機へ投入される。その瞬間、185度以上の鉄板から「プシューッ」という凄まじい蒸気と破裂音が上がり、凝縮された磯の香りが周囲数十メートルに拡散する。この調理プロセス自体が極めて強力な「視覚的・聴覚的シアター(劇場空間)」として機能している。
現場取材において、並んでいる観光客に話を伺うと「並んでいる最中に聞こえる音と湯気で、待つこと自体がアトラクションのように感じられる」「顔よりも大きなせんべいを持つ写真を撮りたい」という声が多数を占めた。単に空腹を満たすためではなく、「圧倒的なビジュアルの特大せんべいを手に入れ、その場で体験を記録する」という行動様式が、行列を行列たらしめる最大の原動力となっている。