熊本の代名詞である火の国の意味と語源を尋ねられた際、大半の人が「阿蘇山の活発な火山活動」と答えます。確かに、東西約18キロメートル、南北約25キロメートルに及ぶ世界最大級の火の国 阿蘇山 カルデラの存在感は圧倒的であり、大地から吹き出す噴煙は太古より人々に強烈な畏怖を植え付けてきました。
ところが、古代史料における火の国の由来を精査すると、驚くべき事実に行き当たります。古代の日本において現在の熊本県および長崎県・佐賀県の一部を含む地域は「火国(ひのくに)」または「肥国」と記されていました。この地名が公式記録に現れる最古の部類である『日本書紀』や各国の風土記において、命名の直接的な引き金となったのは阿蘇山そのものというよりも、海上に突如として現れる神秘的な怪光現象でした。
行政区画の変遷を追うと、律令制の整備に伴って「火国」は7世紀末に肥前国と肥後国の歴史的経緯を経て分割されました。その際、美称として「火」が「肥」の文字に改められ、豊かな実りを祈念する漢字が充てられた経緯があります。つまり、熊本が火の国と呼ばれる理由は、阿蘇の火口から立ち上る噴煙という「山の火」と、有明海に揺らめく怪火という「海の火」、この2つの自然現象が古代人の精神世界で融合した結果なのです。