徳川光圀の正体|水戸黄門の嘘と暴れん坊の素顔・大日本史の真実

徳川光圀の正体|水戸黄門の嘘と暴れん坊の素顔・大日本史の真実

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歴史ファンやグルメの間で広く語られてきたのが、徳川光圀の日本で最初にラーメンを食べた人物という有名な逸話です。明から亡命してきた儒学者・朱舜水(しゅしゅんすい)を手厚く保護した光圀が、1697年(元禄10年)に朱舜水から伝授された中華麺を再現し、自ら打って家臣たちに振る舞ったと記録されています。

しかし、近年の歴史研究によってラーメン最初の真相には修正が加えられています。室町時代の公家・僧侶の日記『蔭涼軒日録』の1485年(文明17年)の記述に、中国起源の麺料理「経帯麺(けいたいめん)」を食べた記録が発見されたため、「日本で初めて中華麺を食べた人物」という絶対的な記録は室町期の僧侶に譲ることになりました。

それでも光圀の独自性が色あせることはありません。光圀が作らせた麺は、小麦粉とレンコン粉を混ぜた特製麺に、ニラ、ラッキョウ、ニンニクなどの五辛(ごしん)と呼ばれる薬味を添えた、現代の中華ラーメンの原型に近い本格的なものでした。単なる試食にとどまらず、好奇心から調理工程にまで深く関与した点において、光圀は近代ラーメン文化の実質的な開祖と呼べる存在です。

光圀は稀代の美食家・健康オタクでもあり、当時としてはタブーに近かった牛肉や豚肉、羊肉を好んで食し、牛乳から作る「酪(チーズのような乳製品)」やワイン、納豆、餃子まで取り寄せて賞味していました。異国の新しい文化を偏見なく受け入れる柔軟な精神が、食生活にも如実に表れていたのです。

こうした柔軟で実直な人生観から生まれたのが、数々の徳川光圀の名言とその由来です。特に有名なのが、家臣や領民に向けた訓戒集『義公訓戒』に残された言葉です。

「苦は楽の種、楽は苦の種と知るべし」――苦労を重ねた先には必ず安楽があり、享楽に溺れて怠惰になれば災難が訪れるという教えです。ドラマの主題歌の歌詞にも取り入れられたこの名言は、若い頃の放埓な生活で挫折を味わい、そこから自己変革を遂げた光圀自身の実体験から絞り出されたからこそ、何百年もの時を超えて人々の胸を打つのです。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。