多くの人が抱く大きな疑問が「なぜ下げるホルモンはインスリンだけなのに、上げるホルモンは何種類もあるのか」という点です。この答えは、人類が辿ってきた数十万年におよぶ進化と生存の歴史にあります。
人類の歴史の大半は、常に食糧不足と隣り合わせの「飢餓との戦い」でした。血液中のブドウ糖が枯渇する低血糖状態に陥ると、エネルギーの大部分をブドウ糖に依存している脳は機能を停止し、最悪の場合は短時間で死に至ります。そのため、いつ訪れるかわからない飢餓から命を守る安全装置として、冗長性を持たせた強力な血糖上昇ネットワークが不可欠だったのです。
一方、飽食によって血糖値が日常的に高くなる環境は、人類の歴史から見ればごく最近現れた極めて異例の事態です。低血糖という「即座の死」を防ぐバックアップ機能が何重にも発達したのに対し、高血糖を抑える仕組みはインスリン1系統しか作られなかったことが、現代における糖尿病などの代謝疾患の遠因となっています。