記者クラブに座っていれば自動的に手に入る発表資料を右から左へ流すだけの仕事は、ジャーナリズムの抜け殻に過ぎない。その対極にあるのが、自らの足と執念で隠された不正を暴き出す調査報道だ。
ウォーターゲート事件を暴きニクソン大統領を辞任に追い込んだボブ・ウッドワードの仕事は、調査報道の金字塔として今も語り継がれる。国家の欺瞞を暴いた『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』や、カトリック教会の巨大な闇に切り込んだ記者たちを描いた映画『スポットライト 世紀のスクープ』が示すように、記者が組織の威信を賭けて権力に立ち向かうとき、報道は歴史を動かす物理的な力へと変わる。
日本でも公文書改ざんや政治資金の使途不明問題など、地道な取材活動が社会の軌道修正を促してきた。発表報道が「起きたことの記録」であるなら、調査報道は「隠そうとしたことの露見」である。この刃を研ぎ澄まし続けることこそが、報道機関が社会から信託されている唯一の根拠だ。