Q1:作詞・作曲者の宇佐英雄氏とはどのような人物ですか?
A1:岐阜県岐阜市の繁華街・柳ヶ瀬のキャバレーやナイトクラブでバンドマスターや「流し」として活動していた音楽家です。夜の現場で客のリクエストに応えながら自ら制作した『柳ヶ瀬ブルース』が日本クラウンのディレクターの目に留まり、美川憲一の歌唱によって全国的ヒットを記録しました。
Q2:美川憲一はなぜ当初この曲を歌うのを嫌がったのですか?
A2:当時19歳の美川憲一は青春歌謡路線を目指しており、女言葉で夜の酒場や男への未練を歌う楽曲に対して強い抵抗感があったためです。「恥ずかしくて人前で歌えない」とスタジオで泣いて拒絶しましたが、ディレクターの強い説得を受けて録音し、結果的に生涯の代表作となりました。
Q3:岐阜の柳ヶ瀬商店街にある歌碑は誰でも見学できますか?
A3:はい、岐阜市柳ヶ瀬商店街(柳ヶ瀬通り)のアーケード内に設置されており、常時自由に見学可能です。歌碑には歌詞とレリーフが刻まれており、柳ヶ瀬の歴史と昭和歌謡文化を伝えるシンボルとして親しまれています。
Q4:映画版『柳ヶ瀬ブルース』の詳細と配給会社は?
A4:1967年に東映が製作・配給した同名映画で、主演は梅宮辰夫、美川憲一本人も特別出演して劇中で主題歌を披露しました。なお、1968年の美川のヒット曲『釧路の夜』は松竹によって映画化されており、大手映画会社が相次いで美川の楽曲を映像化しました。