『芋虫』は1929年(昭和4年)に雑誌『新青年』の増刊号に掲載されましたが、1939年(昭和14年)、日中戦争の激化と国家総動員体制の敷設に伴い、内務省警保局図書課によって「全文削除・発売禁止」の処分を受けました。戦時体制下の日本では、傷痍軍人は名誉ある「軍神」として敬われるべき存在であり、本作の描写は国策に真っ向から反すると判断されたためです。
当時の当局が問題視した主な理由は、以下の2点に集約されます。
第一に、「生ける軍神」として英雄視されるべき傷痍軍人を、手足を失い性欲と食欲に支配された無力な怪物のように描いた点です。これは皇軍の威厳を著しく損ない、銃後の国民の戦意を喪失させる反戦的・不敬的表現とみなされました。
第二に、極度に倒錯した性描写とサディズムです。エログロ・ナンセンスが流行した昭和初期の退廃文化を取り締まる風潮が強まり、『芋虫』の密室における肉体関係の描写は風俗壊乱の筆頭格として糾弾されることとなりました。