1972年1月にちあきなおみのシングルとして世に出た『京都から博多まで』は、昭和歌謡界を代表する名匠ふたりの緻密な計算によって誕生しました。作詞を担当した阿久悠は、単なる観光地巡りのご当地ソングではなく、愛に破れた女性が過去を振り捨てるように西へと下っていく「逃避行の心理サスペンス」をわずか数分間の歌詞に見事に凝縮させました。
これに呼応した作曲家・猪俣公章は、哀愁を帯びながらもスピード感とドラマ性を兼ね備えた旋律を構築。古都・京都から瀬戸内を抜け、九州・博多へと向かう長距離移動の孤独感が、転調とドラマチックなサビの展開によって鮮烈に描き出されています。
当時、ちあきなおみはこの楽曲で第14回日本レコード大賞の歌唱賞候補に挙がるなど大ヒットを記録。その直後、同年に藤圭子がアルバム企画として本作をカバーしたことで、同一の楽曲でありながらまったく異なるふたつの世界観が昭和の音楽シーンに誕生することとなりました。