名盤の隠れた悲歌『ヒヤシンスハウス』ジム・モリソン最期の孤独と真相

名盤の隠れた悲歌『ヒヤシンスハウス』ジム・モリソン最期の孤独と真相

名盤の隠れた悲歌『ヒヤシンスハウス』ジム・モリソン最期の孤独と真相にまつわる役立つ知識を分かりやすく発信ます。

「ヒヤシンス・ハウス」を真に理解するためには、ジム・モリソンの孤独の理由と、1970年末から1971年初頭にかけて彼が置かれていた過酷な環境を検証する必要があります。

最大の要因は、1969年のマイアミ公演での「公然わいせつ容疑」を巡る泥沼の法廷闘争でした。有罪判決を受け、控訴中だったジムには禁錮刑の実刑リスクが常に付きまとっていました。全米のコンサート会場から締め出され、FBIの監視対象となる中で、彼は精神的に極限まで追い詰められていたのです。

さらに、1960年代後半にカウンターカルチャーの教祖(リザード・キング)として祭り上げられたことへの自己嫌悪も深刻でした。アルコール依存症が進行し、体型も崩れ、詩人としての純粋な表現を望む彼と、スキャンダラスなロックスター像を求める世間との乖離は修復不可能なレベルに達していました。

本作のレコーディング完了直後、ジムはすべての音楽活動を休止し、パートナーのパメラ・クールソンと共にフランス・パリへと旅立ちます。しかし、心の安らぎを得る間もなく、1971年7月3日にアパートのバスタブで27歳の若さで急逝しました。ジム・モリソン死去直前の様子を振り返る時、この「ヒヤシンス・ハウス」で歌われた「ここから立ち去る時が来た」というフレーズは、自らの運命を予見していたかのような重い余韻を放ちます。

山田 真由
著者

山田 真由

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