歩く姿は百合の花の真実|美人の賛辞に潜む漢方由来と正しい使い方

歩く姿は百合の花の真実|美人の賛辞に潜む漢方由来と正しい使い方

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「歩く姿は百合の花」を含む一連の句は、一般には女性の上品な立ち居振る舞いを花に例えた美辞麗句と認識されています。しかし、国文学や医療民俗学の研究において極めて有力視されているのが、江戸時代の漢方医が伝承した「処方鑑別標語」が発祥であるとする説です。 漢方診療において、患者が診察室に入ってくる所作や姿勢を観察することは「望診(ぼうしん)」と呼ばれる極めて重要な診断プロセスです。当時の医師たちは、病に苦しむ女性の動作や姿勢を一目で見極め、適切な生薬を想起するための口訣(くけつ:秘訣を述べた覚え歌)としてこの言葉を用いたと記録されています。

具体的には、以下のような病態の鑑別が行われていました。

* 立てば芍薬:イライラして肌肉(筋肉)がこわばり、まっすぐ立ったままお腹を押さえて苦しむような緊張状態には、鎮痛・鎮攣作用を持つ「芍薬(シャクヤク)」を投じる。 * 座れば牡丹:下腹部に鬱血(瘀血:おけつ)が溜まり、立ち上がることができず、どっかと座り込んで動けないような血行障害には、駆瘀血作用を持つ「牡丹皮(ボタンピ)」を投じる。 * 歩く姿は百合の花:心神の不安から落ち着きを失い、あてもなくふらふらと歩き回ったり、足元がおぼつかずに揺れるように歩く精神的失調には、精神安定作用のある生薬「百合(ビャクゴウ:ユリの球根)」を投じる。 中国後漢時代の医学書で、漢方の原典とされる張仲景(ちょうちゅうけい)の『金匱要略(きんきようりゃく)』には、「百合病(ひゃくごうびょう)」という独立した疾患概念が明記されています。「意欲はあるが食べたいのか食べたくないのか分からず、寝ようとしても眠れず、歩こうとしても歩けない、神霊に取り憑かれたかのように彷徨う」という、現代でいう自律神経失調症や心身症、更年期障害に近い不定愁訴を指す病名です。この百合病の特効薬として処方されたのが、オニユリなどの球根を乾燥させた生薬「百合」でした。 心身の病を治癒し、気血の巡りが整って健やかさを取り戻した女性は、結果としてしなやかで凛とした佇まいを手に入れることができます。「生薬で不調が癒えたあとの健やかな美しさ」と「病態を鋭く見抜く鑑別眼」がいつしか民間伝承の中で結びつき、江戸中期以降、町人文化の成熟とともに「三拍子揃った理想の美人」を称える表現へと昇華していった軌跡がうかがえます。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。