なぜ、これほどまでに評価が分かれてしまったのか。その最大の要因は、テレビの大喜利と高座の古典落語という「二つの芸」の構造的な違いにある。
大喜利は、短文で即座に笑いを取るショートコントに近い。フレーズのキレや毒、瞬間の反射神経が勝負の世界だ。一方、落語は15分から30分という時間をかけて世界観を作り上げるストーリーテリングの技術である。三平の持つ長所は後者にあった。
テレビという巨大なメディアの特性上、大喜利での失敗ばかりが強調されて切り取られた。視聴者は「大喜利で面白くない=落語家として下手」という誤った方程式を当てはめてしまったのだ。このギャップこそが、ネット上での過剰なバッシングを生み出す原因となった。