旧皇族の末裔であり、政界・財界・国際スポーツ界の中心に君臨してきた竹田家。その内側は、外から見える華麗なイメージとは異なる独自の葛藤や規律が存在していました。
竹田恒泰氏が過去の対談や手記で語ったところによると、竹田家では「自分たちは特別な存在ではなく、戦後は民間人である」という教育が徹底されていたといいます。一方で、親族の集まりや冠婚葬祭では皇室ゆかりの格式や礼法が厳格に守られており、その二面性に適応することが家族全員に求められていました。
前妻の慶子氏を知る文化関係者は、当時の様子を次のように述べています。
「慶子さんは非常に自立心の強い女性でした。美術の世界で自身のアイデンティティを確立していたため、単に『竹田宮家の嫁』という枠組みの中に押し込められることを好まなかった。子供たちへの教育熱心さは人一倍でしたが、竹田氏がJOCや国際業務で家庭を留守にしがちになるにつれ、互いの人生観の違いが浮き彫りになっていったのは避けられなかったのかもしれません」
一方、再婚後の竹田恆和氏を支える寿々子夫人については、都内近隣住民やJOC関係者から「非常に細やかな気配りをする方」という声が多く聞かれます。2019年の招致疑惑によって竹田氏がバッシングの嵐に晒された際も、夫人は一切表に出ることなく、体調を崩しがちだった竹田氏の健康管理と精神的なケアを献身的に支え続けました。この過酷な時期を二人三脚で乗り越えたことで、現在の夫婦の絆はより強固なものになったといわれています。