江戸後期の浮世絵界において、葛飾応為ほど異彩を放つ絵師は他に存在しません。当時の浮世絵版画が均一な輪郭線と平坦な色面で構成されていたのに対し、応為の肉筆画は「光源の位置」と「影のグラデーション」を極限まで計算し尽くした空間描写を特徴としています。
代表作として名高い『吉原格子先之図』(太田記念美術館所蔵)では、吉原遊郭の張見世(はりみせ)を行き交う人々と、格子の奥で艶やかに待機する遊女たちが描かれています。提灯の淡い蝋燭の明かりが格子越しに遊女の着物の袖や顔を照らし出し、光が届かない手前の群衆は深い闇のシルエットとして沈み込む——。このドラマチックな明暗のコントラストは、17世紀オランダ絵画の巨匠レンブラント・ファン・レインの手法そのものであり、西洋美術界からも「奇跡的な東洋のキアロスクーロ(明暗対比)」と称賛されています。
応為という画号の由来についても、北斎が娘を呼ぶ際に「おーい、おーい」と雑に呼んだことから名付けられたという説が有名ですが、そこには「北斎の画業に応じる(為す)」という職人としての覚悟も込められていたと研究者の間では解釈されています。