遠野なぎこに対して浴びせられる批判の多くに、「構ってちゃん」「話題作りのためのメンヘラ芸」という冷笑的な解釈があります。激痩せした姿を公開したり、情緒の乱れをそのまま文章にしてネット上にアップしたりする行動を、売名行為と捉える層が一定数存在するのも事実です。
しかし、これは彼女の実態に対する致命的な誤解です。遠野なぎこにとって、自らの弱さや病状を公にさらけ出す行為は、計算されたマーケティング戦略などではなく、文字通りの「生存のための呼吸」に他なりません。多くの芸能人が作り上げられた完璧な偶像を売るなかで、彼女は「醜く、弱く、救いようのない自分」を隠すことが生理的にできないのです。
虚飾に満ちた社会に対して嘘をつけない性格は、一般的な社会人生活においては致命的な摩擦を生みますが、表現の世界においては稀有なリアリティを持ちます。彼女は読者や視聴者に対して「私はこんなにもボロボロになりながら、それでも今日を生きている」という事実を提示することで、同じく暗闇にいる孤独な魂と繋がろうとしています。ネットの心ない中傷は、彼女のこの剥き出しの誠実さを「不都合なノイズ」として排除しようとする社会の防衛反応と言わざるを得ません。