ネット上のオカルト論壇や俗説で根強く語られているのが、「天皇は出雲大社を絶対に参拝しない」という都市伝説です。「国譲りで敗れた大国主の祟りを恐れている」「皇祖神・天照大御神と敵対関係にあるため立ち入れない」といったドラマチックな言説が散見されますが、これらは歴史的事実を無視した完全な誤解です。
歴史上、天皇が出雲大社へ直接足を運ぶことが極めて稀であったのは事実ですが、その理由はオカルト的な呪いではなく、極めて実務的・制度的な理由によるものでした。明治以前の天皇は、京都の御所から外へ出ること自体が国家的な大事件であり、伊勢神宮にすら天皇親拝が途絶えていた時代が何世紀も続いたのです。交通インフラが未発達であった古代・中世において、京都から遠く離れた山陰の出雲へ天皇自らが行幸することは物理的に不可能に近かったに過ぎません。
近代以降の事実を見れば、誤解は一瞬で解けます。昭和天皇は皇太子時代の1907年(明治40年)に出雲大社を参拝されており、即位後も全国巡幸の中で山陰の地に心を寄せられました。さらに、上皇陛下(明仁さま)は天皇在位中の2003年(平成15年)秋、島根県行幸啓の折に出雲大社をご親拝され、拝礼を行われています。この際、第84代出雲国造である千家尊祐宮司自らが出迎え、丁重に儀礼が執り行われました。
また、天皇即位の礼や大嘗祭の後には、伊勢神宮や神武天皇陵だけでなく、出雲大社にも勅使(天皇の代理使者)が遣わされ、幣帛(へいはく=神への捧げ物)が奉納されます。天皇と出雲大社は断絶しているどころか、国家の安寧を祈る祭祀において敬意を払い合う極めて強固なパートナーシップで結ばれているのが真実です。