創作物では混同されがちな「忍者」と「御庭番」ですが、江戸幕府における制度上の位置づけは全く異なります。徳川幕府で忍者の代名詞とされたのは、伊賀同心・甲賀同心(いわゆる百人組)でした。
伊賀・甲賀の忍者は、主に江戸城の門番や大奥の警備、戦時における足軽部隊としての役割が中心であり、身分は幕府の組織系統に組み込まれた下級武士でした。老中や若年寄の指揮下にあるため、将軍個人が直接命令を下すことは基本的にありません。
一方、御庭番は将軍専属の特務機関です。老中などの閣僚を通さず、将軍から直接「密命」を受け取り、調査結果も将軍本人へ直接手渡されました。求められた能力も、手裏剣術や格闘術ではなく、高度な変装術、旅費の綿密な計算能力、他藩の法律や経済事情を読み解くリテラシー、正確な報告書を作成する文書作成力でした。腕自慢の暗殺者ではなく、極めて冷静沈着な「国家公務員エリート分析官」だったのが実情です。