なぜ私たちは、嫌だと分かっていながら怒りや悔しさを何日も、時には何ヶ月も引きずってしまうのでしょうか。その決定的な理由は、脳の構造と「反芻(はんすう)思考」と呼ばれる心理的ループに隠されています。
負の感情が生まれる理由の根幹には、大脳辺縁系に位置する扁桃体(へんとうたい)の過剰反応があります。扁桃体は外的なストレスや脅威を瞬時に察知し、自律神経系に交感神経優位の戦闘・逃走シグナルを送ります。通常であれば、理性を司る前頭前野が「この状況に生命の危機はない」と判断してブレーキをかけ、興奮は数分から数十分で収束します。
ところが、人間特有の高度な記憶力と言語能力が仇となります。出来事が過ぎ去った後も、頭の中で「なぜあの人はあんな失礼なことを言ったのか」「どうして自分はうまく言い返せなかったのか」と出来事を何度も再生してしまう現象、すなわち反芻思考(ルミネーション)が作動するのです。脳のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)が暴走し、記憶を引っ張り出しては扁桃体を再刺激します。結果として、脳内では「いま現在も攻撃を受け続けている」と錯覚が起き、ストレスホルモンであるコルチゾールが分泌され続けます。これが、感情を延々と引きずる生理学的トラップです。
この反芻思考を放置すると、海馬の神経細胞がダメージを受け、軽微な刺激にも過剰なイライラや抑うつを覚える脳構造へと変化してしまいます。放置された感情は勝手に消えることはなく、無意識のマグマとなって心身を蝕むリスクを孕んでいるのです。