電通が嫌われる背景には、単なる一企業の業績やスキャンダルを超えた、日本社会特有の「富と権力の集中に対するルサンチマン(怨恨)」と「倫理的失望」が複雑に絡み合っています。一般的な広告代理店が嫌われる理由としてよく挙げられるのは、「中抜きによってピンハネしているのではないか」「虚業で派手に儲けている」といった不透明さです。しかし、電通に向けられる感情は、そうした業界への偏見をはるかに凌駕する鋭さを持っています。
決定的なのは、民間のマーケティング領域にとどまらず、国家的な巨大イベントや公的資金が投じられる政府事業を独占的に差配してきた点です。国民の血税が原資となる事業において不透明な取引や不祥事が発覚した際、「自分たちの利益のために国家すら動かしているのではないか」という疑念が決定打となりました。
さらに、かつてメディアを牛耳り、自社に都合の悪い報道を封じ込めてきたと囁かれる強大な圧力構造が、情報化社会の進展によって可視化されたことも要因です。ネット空間の普及に伴い、マスメディアが報じないアンタッチャブルな存在としての電通像がSNSで急速に拡散され、国民的なアレルギー反応へと発展しました。