卵巣嚢腫の存在を「ただお腹が出ているだけだから」と軽視してはならない最大の医学的理由が、「卵巣嚢腫茎捻転(けいねんてん)」という救急疾患のリスクです。卵巣は骨盤内で卵管や靭帯によってぶら下がるように支えられていますが、嚢腫がテニスボール大(5〜8cm前後)に腫大すると重心が不安定になり、突然根本からクルリとねじれてしまう現象が起こります。
茎捻転が発生すると、卵巣へと血液を供給している動脈と静脈が完全に遮断され、卵巣への血流がストップします。これにより、卵巣組織が急激に虚血・壊死を起こし、立っていられないほどの凄まじい下腹部の激痛が突発的に襲います。この痛みは一般的な生理痛や胃腸炎とは次元が異なり、脂汗が出るほどの激痛、吐き気、嘔吐、顔面蒼白を伴うのが特徴です。
見逃してはならないのが、茎捻転が完全に起きる前に現れる「一過性の前兆痛」です。完全にねじれ切る前に、一時的にねじれかけて元に戻る「不完全捻転」を繰り返すケースがあります。「運動中や性交渉の後、あるいは寝返りを打った瞬間に、下腹部の左右どちらかにキリキリとした鋭い差し込み痛が走り、数分から数十分でスーッと引いた」という経験がある場合、それは茎捻転の重大な前兆である可能性が高いと言えます。
茎捻転を起こした場合、発症から数時間以内に緊急手術を行い、ねじれを解除して血流を再開させなければ、壊死した卵巣を摘出せざるを得なくなります。将来的な妊孕性(妊娠するための力)を守るためにも、下腹部の張りに加えて突発的な差し込み痛を感じた場合は、救急外来や婦人科への即時受診が不可欠です。