本田氏の名を一躍全国区にしたのは、2010年代初頭の日本を覆っていた長期デフレに対する処方箋、すなわちリフレ派経済政策の主導です。安倍晋三氏が野党時代から経済政策の家庭教師役を務め、大規模な金融緩和と機動的な財政出動を柱とする「アベノミクス」の基本構想を二人三脚で練り上げました。
財務省出身でありながら、従来の省庁主導の均衡財政論に真っ向から異を唱えた本田氏のアプローチは異例でした。イェール大学名誉教授の浜田宏一氏らと共に、日銀による2%のインフレターゲット設定と国債大量買い入れによるマネタリーベース拡大を強く進言。これが2013年春の黒田東彦氏の日銀総裁就任と「異次元緩和」の導入へと直結したのです。
この政策パッケージは長年続いた超円高と株安を劇的に反転させ、雇用環境の改善や企業業績のV字回復をもたらす原動力となりました。まさに「アベノミクスの頭脳」として、日本経済の歴史的な舵切りを主導した瞬間でした。