原宿におけるアフリカン・アメリカンやアフリカ系アパレル関係者の存在感は、日本のストリートファッションの進化と切っても切れない関係にある。1980年代後半、藤原ヒロシがロンドンやニューヨークからDJカルチャーやスケートボード文化を持ち込み、裏原宿と呼ばれるムーブメントを創出させた。その熱量に呼応するように、黒人文化に根差したヒップホップ・ファッションが原宿の若者たちの心をつかんで離さなくなった。
時代は下り、ラグジュアリーとストリートの垣根を取り払ったヴァージル・アブローの登場により、その潮流は決定的なものとなった。オフ-ホワイトの創設やルイ・ヴィトンのメンズ・クリエイティブ・ディレクター就任は、原宿の路地裏で細々と売られていたストリートウェアが世界のハイファッションの頂点に立った瞬間だった。原宿の店頭で接客していた販売員たちのスタイルも、時代とともに世界基準のハイエンド・ストリートへとシフトしていった。