等伯の精神的支柱となったのが、茶聖・千利休との深い交流であった。利休が提唱した「侘び・寂び」の美学、すなわち不完全さや静けさの中に無限の深みを見出す価値観は、等伯の空間表現に多大な影響を与えた。
狩野永徳が誇った豪華絢爛な金碧障壁画に対し、等伯が選んだのは飾りのない墨一色の世界だった。濃淡のみで表現された風と霧、そして荒涼とした松林。日本美術史における水墨画の到達点と評される理由もここにある。利休の教えを極限まで突き詰めた結果、何も描かれていない余白部分が、観る者の想像力を刺激する雄弁な空間へと変貌を遂げたのだ。