加藤清史郎の経歴において、最大のターニングポイントとなったのが高校3年間のイギリス留学です。中学卒業後、日本での芸能活動を一時休止し、英国サリー州にある帝京ロンドン学園へ単身進学するという決断は、当時の芸能界やファンの間でも大きな話題を呼びました。
大衆の記憶から忘れ去られるリスクを背負ってまで、なぜ海を渡る必要があったのか。当時の単独インタビューや回顧録において、本人の口から語られた理由は明確でした。直接の引き金となったのは、中学1年生の時に出演した世界的名作ミュージカル『レ・ミゼラブル』のガブローシュ役です。
舞台の本場・英国から来日した演出家による直接オーディションや稽古を経験した際、通訳を介さなければ演出意図を深く理解できないもどかしさを痛感。「自分の言葉で直接ディレクションを受け、本場の演劇カルチャーを全身で吸収したい」という強烈な渇望が芽生えました。
さらに、その背中を決定的に押したのが、舞台で幾度も共演を重ねていた歌舞伎俳優の市川團十郎(当時は市川海老蔵)の言葉でした。幼少期から芸の道に生きる過酷さを誰よりも知る團十郎から、「役者を一生の仕事として続けていきたいのなら、一度日本を離れて広い世界を見てこい」という助言を受けたのです。
イギリス滞在中は全寮制の生活を送り、演劇の本場ウエストエンドで数え切れないほどの舞台を鑑賞。自らも英語劇のレッスンに打ち込みました。パブやストリートで多様な人種・価値観に揉まれた3年間が、単なる「英語の習得」にとどまらず、彼の中に揺るぎない俳優としての芯を形成したことは間違いありません。