冒頭の「春のうららの隅田川」というフレーズは、日本人なら誰もが耳にしたことのある調べです。ここで使われている「うらら(麗ら)」とは、空が晴れ渡り、日差しが柔らかくのどかに降り注ぐ様子を表す古語。春の穏やかな気候と、穏やかに波打つ川面のきらめきが、冒頭のわずか9文字で見事に喚起されます。
情景の舞台となっているのは、東京の向島(むこうじま)周辺の隅田川です。江戸時代から続く桜の名所であり、春になると両岸に堤の桜が咲き誇り、多くの人々が花見舟を浮かべて賑わいました。歌詞の中で描かれる「のぼりくだりの 船人が 櫂のしづくも 花と咲く」という描写は、船頭や舟遊びに興じる人々が漕ぐ櫂(オール)から飛び散る水滴さえも、まるで桜の花びらが散り舞っているかのように眩しく輝いているという、極めて視覚的で華麗な比喩表現です。
武島羽衣による作詞は、平安時代の王朝文学から江戸の情緒、そして明治の清新な近代詩の息吹までを自在に行き来しています。単なる風景のスケッチではなく、水と光、そして人々の歓声が一体となった春の祝祭空間を、極限まで磨き抜かれた日本語の韻律で定着させている点が、この楽曲の普遍的な魅力の源泉となっています。