安倍氏が大学生活を送った1970年代中盤は、全共闘運動の熱気が退潮し、学生社会が徐々に日常性を取り戻しつつある時代だった。成蹊大学の落ち着いたキャンパス環境は、過激なイデオロギー闘争から一定の距離を保つ空間を提供した。これが、急進的な思想に染まることなく、現実主義的な保守思想を穏やかに育む土壌となった。
祖父・岸信介や父・晋太郎の存在は常に意識されつつも、自由民主党の有力政治家の家系であることを誇示することはなかったという。当時の学友たちは「育ちの良さは感じさせたが、誰にでも気さくに声をかける好青年だった」と口を揃える。この時期に培われた「敵を作らない人当たりの良さ」と「芯の強さ」の同居こそが、後に長期にわたり党内各派閥を掌握し続けた指導力の源流である。