結論から言えば、田村修被告自身が党幹部であったり、事件そのものに組織的な関与が存在したりした事実を裏付ける公的証拠は一切存在しない。公判で提示された証拠資料や検察側の冒頭陳述、弁護側の主張を見渡しても、動機や犯行支援のプロセスに特定の政治思想が介在した痕跡は見当たらない。
それにもかかわらず、なぜこのような関連づけが執拗に行われたのか。火種となったのは、彼が長年勤務していた医療現場の歴史的出自である。個人の勤務先が持つ組織的属性と、本人の内面世界や家庭内で起きた異常事態を短絡的にイコールで結ぶ言説が、ネット上の「陰謀論」の格好の燃料となった。事実関係を飛び越えたプロパガンダが、事件の猟奇性と相まって瞬く間に一人歩きを始めた典型例といえる。