昭和から平成にかけて国民的熱狂を生んだ大スターたちの晩年と比較すると、渥美清が選んだ闘病と別れの道は、芸能史においても極めて特異なものでした。
他のスターたちが闘病姿すらドラマに変え、ファンの声援を力に変えていったのに対し、渥美清は自らの衰えを1ミリたりとも外に見せませんでした。映画会社の上層部や松竹の現場スタッフにすら病状の詳細を明かさず、ただ黙々とカメラの前で「車寅次郎」であり続けた姿勢は、スターというよりも求道的な職人の姿そのものでした。
昭和から平成にかけて国民的熱狂を生んだ大スターたちの晩年と比較すると、渥美清が選んだ闘病と別れの道は、芸能史においても極めて特異なものでした。
他のスターたちが闘病姿すらドラマに変え、ファンの声援を力に変えていったのに対し、渥美清は自らの衰えを1ミリたりとも外に見せませんでした。映画会社の上層部や松竹の現場スタッフにすら病状の詳細を明かさず、ただ黙々とカメラの前で「車寅次郎」であり続けた姿勢は、スターというよりも求道的な職人の姿そのものでした。